【anyレポート】第三弾は、「なぜ社外教育なのか」をテーマに執筆します。当内容に関するディスカッション勉強会「anySTUDY」は1/25(水)19:00~20:30に開催します。
視野狭窄。企業や個人の様々な問題は、この単純かつ強力な制約によって生み出される。人間や企業には認知的な限界がある、あらゆることを知り、あらゆるリスクを考え、あらゆる事態への対策や最適解を導き出すことはできない。学術的には「限定された合理性」[1]と呼ばれるこの性質は、経営戦略を考える上での重要な前提であり、経営学者や行動経済学者によって研究されてきた。
限定された合理性の中で、企業や個人はどのように意思決定をすればいいのだろうか?それには様々な答えがあり得るが、1つの鍵は「探索」である。「企業に関係ある情報や出来事は、企業内部と経営領域に近い出来事だけである」。このような考え方を排し、一見すると関連しないものにも目を向けるからこそ、そして直接的には利益に繋がらないものにも目を向けるからこそ、企業は差別化された価値を提供できる。多くの企業が捉えることができる「明らかなチャンス」は、もはやチャンスではないのだ。
さて、前回は「次世代人材」と「自分軸」に取り組むことがいかに重要で本質的かを論じた。次世代人材は本質的なステークホルダーであり、様々な社会課題、イノベーション、他のステークホルダーと関連している。そして、そんな次世代が抱える、無力感やキャリア迷子などの問題の解決にとって重要なのが「自分軸」である。様々な研究によって、自らを明確に捉えることの重要性は示されており、社会課題の解決やイノベーションを生み出す人材になれるように次世代人材を育成するには、自分軸の明確化・言語化が重要である。詳しくは、前回の記事を参照いただきたい。
しかし、重要な質問が「なぜ、社外の人材に投資をし、育てなければいけないのか」である。ごく自然の疑問であり、考えなければいけない重要な問題である。この問いに対して、私達は3つの解答を提示する。1つ目の理由は、プレ社会人にフォーカスすることに意義があるということである。つまり、そもそも企業がアクセスできないプレ社会人に焦点を当ててこそ自分軸の明確化は意味を持つということである。2つ目は、仮に社内の人材に対して自分軸を明確化する価値の方が大きかったとしても、その実現可能性は低いこと。そして最後に、もはや「社外だから関係ない」と言える段階ではなく、一定の緊急性を持った課題であるということである。
[1] Simon, H. A. (1975). Administrative behavior: A study of decision-making processes in administrative organization. New York.
理由1.プレ社会人に焦点を当てることが重要だから
私達はプレ社会人をターゲットとし、自分軸の明確化を行っている。つまり、企業内の教育制度などの手が届かないのである。では、なぜプレ社会人なのだろうか?我々はなぜ、次世代として、プレ社会人を中心に据えるのだろうか?最もシンプルな答えは「プレ社会人に集中するのが最も効果的だから」である。以下で、その具体的な理由を見ていこう。
1.1プレ社会人の自分軸とキャリアの決断
さて、前回の記事では、自分軸によって、内的で一貫した基準がキャリアの指針となり、キャリア迷子になること防ぎ、モチベーションや強みを発揮できる道を歩めると述べた。この根本には、「選ばれる人材ではなく、選択者としての人材」となり、ミスマッチ、モチベーションが生じないようなキャリア、転々と変化してしまう外的なキャリアの指針選択を防ぐことができることがあった。
この「選択者としての人材」を生み出すには、プレ社会人に焦点を当てる必要がある。キャリアに入り、目まぐるしく直面する様々な選択にさらされる前に、自分軸を見つける支援が必要なのである。自らのキャリアを歩き始め、様々な選択や仕事に直面しまえば、自分軸を考える暇もなく、その場その場の決断をせざるを得なくなってしまう。
自分軸を明確化せず、「選択眼」を磨く前に企業を選択し入社し、自分に合わないと離職し転々とすることが見られる。実際に、前回の記事で述べたように、大学を卒業したあと就職したとしても離職率は高く、その離職理由も後ろ向きなものが多い。先行研究や調査からも示唆されていることだが、実際に就活をする人と話す中で就活する間は採用を貰えるようにがむしゃらに努力し、採用されるが、採用された後で初めて本当のその企業でよかったのかを考えるということが度々見られる。
逆に、プレ社会人の段階で自分の軸が明確になり「選択眼」を培うことができた個人は企業にどのようなメリットをもたらすのだろうか?採用市場では情報の非対称性が大きな問題となると知られている。企業は個人の特性や情報を網羅することはおろか、提示された情報の真偽を判断することすら難しい。そして、例え情報を網羅し、真偽が判断できたとしても、企業に就職した後にパフォーマンスを発揮するかどうかはわからない。そこで要となるのは、企業が一方で気に労働者を採用するのではなく、労働者が企業を評価し、自分とマッチしているか、自分の強みが活かせるか、自分がその組織の目標の下でモチベーションを持って働けるかを考えてもらうことである。このプロセスによって、企業にマッチする人材を採用することができる。当然ながら、モチベーションを持って、自らの強みを生かしてマッチする企業で働くことは、働く個人のウェルビーイングやメンタルヘルスにとっても重要である。
企業と個人のミスマッチを防ぐことだけではなく、プレ社会人が自分軸を明確化することは他にもメリットがある。自分軸を持った個人は、組織を通じていかに自分の目標を実現するかを考える。つまり、積極的に組織に働きかけることを試みる。これは、新しい社員が持っている「無知」という力を活かすための重要な前提条件である。たとえ、良いアイデアを持っている、あるいは創造性であふれている個人がいても、それを使って組織に働きかけようと考えなければ何ら意味を持たない。
1.2ファーストキャリアの重要性
そして最後に、次世代人材のファーストキャリアの重要性である。人間の認知は過去の経験によって形成される。何を経験したかによって、世界をどのように見るか、世界をどのように感じるかの大部分が決まる。「働く社会人」としての認知は、ファーストキャリアに大きな影響を受ける。それは、「世界はこうだ!」と考えた主体は、その考えを基に行動し、往々にしてその考えを強化するからである。例えば、ファーストキャリアで熱心に働いても意味がないと考えた個人は、次のキャリアでは手を抜き、自らの考えを行動で支持するようになる。実際に、モチベーションや熱量はどれだけ、これまで仕事に労力を注いだかで決まる[1]。労力を注げば注ぐほど、仕事に対する思い入れや熱量は大きくなり、モチベーションは向上する。しかし、ファーストキャリアから労力を注ぐことができなければ、それはモチベーションの低下に、モチベーションの低下は更なる努力の低下につながる。まさに、負のループが生じてしまう可能性があるのである。
[1] Gielnik, M. M., Spitzmuller, M., Schmitt, A., Klemann, K. D., & Frese, M. (2015). “I put in effort, therefore I am passionate”: Investigating the path from effort to passion in entrepreneurship. Academy of Management Journal, 1012–1031.
理由2.社内では「自分軸」を明確にできないから
では、仮にプレ社会人でなくてもよいとしたとして、その場合ならば社内で自分軸の明確化に取り組めばよいのだろうか。答えは「ノー」だ。
前回の記事で自分軸にとって根本にあるのはその人の「好き嫌い」であると述べた。好き嫌いこそが一貫して、本当に自らの身を入れることができる内的な軸になるのである。そこで、自分軸の明確化にはこの「好き嫌い」を明確に言葉にし、対話を行う必要がある。好き嫌いを明確化するには、今の感情だけでなく、過去の自らの行動、それに対する考え、仮想的な状況に対する考え、そしてそれらをより抽象的なレベルでまとめた概念を考える必要がある。その作業には、感情を明確に言葉にし、それを声に出した上で他者と対話を行うことが必要不可欠である。これは今後の記事である「なぜ、メンターワークアウトであるのか」にてより深く掘り下げる。
2.1心理的安全性
さて、好き嫌いの明確化にこのようなプロセスが必要であるならば、そこには「心理的な安全性」が必要となる。エイミー・エドモンドソン氏によって提唱された概念は、実務界においてよく耳にするようになった[1]。それに従って、心理的安全性についての誤解も流布している。その1つが、心理的安全性が様々な組織において実現できているということである。心理的安全性とは「率直さや脆弱性が歓迎されるという確信」であり、その実現は極めて困難であり、多くの企業では実現できていない[2]。確かに、「企業の取り組みの延長上」であれば失敗や脆弱性は許容されるかもしれない。心理的安全性が重要であるため、率直な意見を聞かせてくださいと上司や経営者は述べるかもしれない。しかし、従業員は実際にそのような行動を取っているだろうか?従業員は、率直な意見を求める言葉を信じ、安全性の保障に嘘偽りないと信じているのだろうか?
企業が利益を追求する経済主体である限り、心理的安全性の実現は難しい。利益を生まない行動、ましては利益を害する行動が利益最大化を狙う企業で歓迎されないのは、ある種当然のことなのである。私達は自分軸を明確化する場面で心理的安全性が確保されているか否かを慎重に考え、その確保に精を注いでいる。それは、利益を追求する場でないからこそ可能である。
[1] Edmondson, A. C. (2021). 恐れのない組織 「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす (1 ed.). 渋谷区: 英治出版株式会社. [2] https://dhbr.diamond.jp/articles/-/7871
2.2多様な他者との対話
心理的安全性の観点以外にも、企業内部で自分軸を明確にできない理由はある。自分軸は自らの好き嫌いなどを言葉に出し、「自分軸が何であるか」を知ることが重要である一方で、他者の軸と比べ「自分軸が何でないか」を知ることも重要である。そのためには、自分とは異なる考えを持っている個人と率直に意見を交わす必要がある。類似している人材ではなく、多様な人材が集まっている場が必要となる。そして、その多様性は人種や国籍などの表面的なものだけでなく、考え方や価値観などでも確保されている必要がある。企業が目的に合わせてある種の価値観を従業員に求めるのは当然である上に、企業の人材が採用・教育を通じて画一的になる傾向にあることはよく知られている。そのため、企業外の多様な人材が一堂に会し、心理的安全性がある中で率直な意見を交わす必要がある。
2.3企業にとっての利益
そもそも、企業は既に雇用している社員が自分軸を明確化させても得をするとは限らない。自分軸の明確化が可能であったとしても、マッチしていないと考える人材は企業から離れることとなる。人事施策を通じて得た人材が流出することは、当然ながら企業にとっての損害となる。そのため、「採用する前」に自分軸の明確化・言語化を行うことが必要不可欠なのである。
3.緊急性が高くなている問題だから
最後に、「重要度は高いが、緊急性は低いのではないか」っていうのはあり得る意見だと考えられる。しかし、企業は緊急度が低い課題に対して、より積極的な視点を持つ必要があるのは言うもでもない。緊急性が高い課題にはいかなる企業も対応するだろう。しかし、緊急性が高い課題のみに対応していれば、他の企業とは何ら差が生まれない。
確かに、緊急性が低すぎる課題に取り掛かるのは不確実性も高く、優先順位が低くなるのは当然である。しかし、私達が提唱する課題は、もはや遠い未来の問題に対して取り組みというレベルの話ではない。むしろ、緊急度はどんどん高まっており、今こそ緊急性と重要性のバランスが取れている最適なタイミングなのである。
そして、その緊急性を示しているのが人的資本投資の開示である。以前の記事で、anyの取り組みは人的資本投資の開示のトレンドに則ったものであると同時に、他と差別化を行うものでもあることを述べた。緊急性と重要性のバランスにも同様の論理が適応される。人的資本投資の開示は投資家が注目するところであり、採用市場でも企業ランキングなどにおいて影響を及ぼすものである。その中で、企業が「若い次世代人材のことを気に欠けている」と示すのは緊急性がある。そしてもちろん、未だに多くの企業が取り組んでいることでもないため、重要性や差別化可能性も高い。
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